一行の詩

直観のままに、わくわくして生きていく

感電パラレル

現在わたしの中ではYouTubeを中心に世界が回っています。

昔はテレビばっかり見ていましたが子どもがテレビでYouTubeを見るので地上波からの情報がほぼ無い状態に。

あまり意識していなかったけど何かしらつけてしまうのは人の声がしているとなんだか安心するのかもしれません。

 

「だめよ~だめだめ」が流行ったとき日本エレキテル連合が大好きになって、その後テレビで見なくなってさみしかったのですが、YouTubeチャンネルを発見。チャンネル登録してたまに見ています。

 

お笑いを見られる気分とそうじゃない気分が波のように行ったりきたりするのですが、気分じゃなかったけどふと見てみたら爆笑してしまって浮上した感があり、おすすめしてみたいと思います。

ほんとに天才だと思う。

コメント欄を読むまでがひとつの作品の味わい方だと思っています。

 


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わたしとわたし

最近ブログに書くことがないというか日々色んなことはあるのだけど言葉にするのがおっくうなような。。

いま深層心理学とかにとても興味があって、ずっと本を読んでいる。

自分自身も意識していない自分のことが面白くて少しこわくて。

子どもの頃にあったこわいことが、もう大丈夫だと思っていたけど急に思い出されて囚われてしまったりしていた。

カウンセリングは少し前まで平和だったのだけど、最近よく泣いている。

先生が言うには「平和なことが望みだと言っておられたけど、平和というのは誰かの犠牲や我慢の上に成り立つもののような気がします。」

 

先週、セッションの中で、傷ついた子どもの自分の葬送をした。

どうしてあげたいですか、と聞かれて、「頬ずりをしたい」と言って、冷たいわたしの頬に頬ずりするのをイメージした。

あたためてあげたかったのかもしれない。

悲しい気持ちや嬉しい気持ち、どちらも無くならないんだろうなあと思う。

素直な気持ちをせめて自分自身にはわかってもらいたくて、わかってあげたいと思う。

 

ハッピーセット

心の声に(出来るだけ)正直に、をモットーに生きています。

子どもにマクドナルドのハッピーセットをよく買ってたのですが、最近おもちゃに目もくれなくなりました。

小さいときはプラレールのおもちゃをコンプリートしたがったものです。。

 

そうなると、違うセットを頼むことになるのですが上の子はてりやきマックが好きなのでそちらのセット。下の子はナゲット一択なので、ナゲットのハッピーセットを選ぶことになります。

 

おもちゃでなく図鑑を選んだりしていたのですが、先日買いにいったとき、ハッピーセットのリカちゃんが目に入り思わずリカちゃんを選んでいました。

ふだんからリカちゃん好きとかでは無いのですが、そのときわたしの心の声はリカちゃんを欲していました。

 

思い返せば小さい頃は人形が怖くて遊べませんでした。そして怖くなくなって遊びたいと思ったときには「お人形が嫌い」キャラになっていたというか。

 

なんとはなしに、リカちゃんとかお姫様とか、そういうものと距離がある人生を選択していました。

ほんとは求めていたけど経済的なことや周りの目とかを気にして無いことにしていただけだったかも。

 

今本物のリカちゃん人形で遊びたいほどではないけど、お花のドレスのハッピーセットリカちゃんを見ているとなんだか満たされる感じがします。

 

最近、巡り合わせというような、成るべくしてそうなったというようなことを、採用するというか受け入れる気持ちになりました。

ユング心理学でいう共時性にも繋がる感覚のような。

我が家に迎えるべくして迎えたと思われるハッピーセットリカちゃんを、しばらくは愛でようと思います。

めだかの学校

誰かと話を合わせるためにそれほど興味のないドラマを見たり、これを見ておけば誰々さんと会話が弾むだろうといった気持ちで自分の時間を何かに使うことがとても減りました。

時間があるともっぱら心理学の本を読んだりしています。

 

昨日子どもの小学校で運動会がありました。子どもの競技の観戦応援が主目的ではあるのですが、保護者同士顔を会わせる貴重な機会でもあります。

PTA本部をしていたこともあり顔見知りやランチに行くようなつながりがそれなりにあるのですが、常に仲良くしているようなグループには属していません。

子どもが幼稚園のころは子どもと一緒に家を行き来するお友達も多かったのですが、コロナや、小学生になって子ども同士の交遊関係が変わってきたこともあり、どっぷり入ってるようなお友達関係はなくなりました。

 

そういう変化を清々しく感じていたのですが、やっぱり寂しい気持ちもあるみたいです。

子どもが幼稚園の頃、仮面ライダーが好きなお友達と遊びたいんだけど子ども自身は仮面ライダーに興味が持てなくて「ぼくも仮面ライダーが好きだったらよかったのにな(そうしたらお友達ともっと楽しく遊べるのに)」と言ったことを思い出します。

 

ややこしい所をしっかり受け継いでくれたものです。子どもは結局、仮面ライダーが好きになって楽しく遊んでいたのですが、仮面ライダーが好きだったのか仮面ライダーを介してお友達と交わされる楽しさが好きだったのか、などと自分の意識の中で考えてみたりします。

子どもにとってはどちらでも良かったのかもしれないな。そのとき楽しそうに遊んでいたことに変わりないんだから。

 

大人になったわたしがどちらを選ぶかといえば。出来れば寂しさを受け入れながら、自分の道を歩いていきたいな。

 

 

 

 

 

アパラチアンダルシマーがほしい

 

誰かとしゃべっていて、その人に向けて言った言葉がそのまま自分への答えであったりすることがあります。

PTAの役員でお世話になったSさんが、ゼルダの伝説にすごいハマってて夕飯の支度するのが遅くなってしまって~っていう話をしていた時です。

 

そのときは自分の中で、自分自身も目の前の人のことも全肯定していこうっていうムーブメントが来てて、「好きなこと出来ずに我慢してるより、機嫌よくゲームしてるほうがいいやん。ゼルダ好きなお母さんめっちゃいい」っていう話をしてました。

前は「そういうときあるよね~」って感じで、自嘲しつつ共感する感じでした。

思い返すとおこがましいような気がしてきたりして、Sさんがどう捉えたかはわからないのですが、あれは自分自身に言ってる言葉だったんだなーと思います。

 

最近、ギターを練習しています。20代のとき買ってぜんぜん弾けるようにならず放置していたアコースティックギターです。

もしかしたら子どもが興味を持つかもしれない、そんな思いで結婚後も処分せず置いてありました。

 

シンディ・ローパーの動画を見ているとシンディがアパラチアンダルシマーという楽器を演奏しながら歌っているのですが、それがかっこよくて音も素敵で、わたしもやってみたい!と思いました。

音楽は自分には無理だって思っていたけど、「何が」無理なのかよく問い直してみたら、上手に演奏するのは、無理だって思ってました。

上手に演奏する必要ないし、誰かに聴いてもらう必要も自分にはなかった。

素敵な音を奏でたいだけ。

 

最近YouTubeでなんでも教えてもらえるので、とりあえずコードを押さえると綺麗な音が出る。楽しい。

楽しいんだけどなんとも言えない肩身の狭さというか、カラオケで歌ってて店員さんが入ってきたときの感じっていうか。。ある種の気恥ずかしさなのか?それとも主婦がお気楽に楽しむことに罪悪感があるのか?

 

ともかく、ゼルダの伝説をプレイしてるSさんに言ったように、機嫌よく楽しいことしてることが家族のためでもあるんだ、誰の目を気にすることなく楽しんでいいんだよ、と自分にも言ってあげたいと思います。

 

 


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あだ名は十円やす。

図書館で「はれときどきぶた」(矢玉四郎 作絵)を借り、子どもと一緒に読みました。

自分が子どものころ図工の時間に糸ノコでパズルを作るとき、この絵を描いたことがあり内容は忘れていたけどインパクトのある絵柄はずっと覚えていました。

子どもが幼稚園までは、よく寝る前に絵本を読んであげていたけど、読んで読んでと言ってこなくなってからは読み聞かせからは遠のいていました。

 

たまたま見つけて自分も読みたくなったので寝る前一緒に読んでみると。。

自分が爆笑して読み進められないほど面白い。

子どもも初めは字が多いので食い付きが悪かったのですがすぐに心をわし掴みされたようでゲラゲラ笑っています。

 

出版が1980年代で昭和感につつまれており、同級生の名前をもじって笑いのネタにするなど今では受け入れられなさそうな笑いにあふれています。

わたしは人が傷つく笑いやパワハラモラハラにわりと過敏なほうなのですが、人間の本性というのか、理性を越えたところにあるエネルギーが反応するのか、大爆笑してしまいました。

 

我が子の小学校では、子ども同士も名字にさん付けで呼び合うように指導?されてる模様。

からかわれて嫌な思いをしないようにという配慮だと思いますが、実際はふつうに名前でからかわれてたりします。

つけられていやなあだ名って確かにあるしそれはちゃんとだめってわかってほしい。でもだめって言われてても言うし、そしてだめな分、表に顕れずに見えないところでエネルギーが膿みます。

 

ずっとお行儀よくして全然羽目を外さないと、パンパンに膨らんだ風船みたいに突然破裂したり空気が抜けてしぼんでしまってもおかしくありません。

ちょっとしたガス抜きのようなやりとりが出来る環境って子どもには必要だろうな。

面白い本の話をしたかったのになぜか教育や社会に物申すみたいになってる。。

笑いって大事。

 

 

 

 

「Shine」

中学生のころラジオを聞きながら夜寝ていて、そのとき出会ったのがシンディ・ローパーの「Sally's pigeons」だった。シンディの声とメロディがわたしの中に染み込んできたというか、直観としか言えないものを感じた。

今みたいに検索なんて出来なくて、ラジオパーソナリティの言葉を聞き逃さないように、耳に意識を集中させたことを覚えている。

おこずかいで初めて買ったアルバムは、ラジオで聴いた「Sally's Pigeons」が収録された『Hat full of stars』。

シンディといえば「Time After Time」や「girls just wanna have fun」が代表曲だったり人気の曲だったりするけど、わたしにとってはどの曲も大好きで選べない。

 

でも、やけに何回もひとつの曲を聴きたくなることがあって、そんなときの曲はそのときの自分に必要な曲だったりする。

ちょうど最近聴いているのは「Shine」。

 

Shine 

I'll stand by you 

Don't try and push me away

'Cause I'm just gonna stay

You can shine I won't deny you 

And don't be afraid it'll all be ok

 

そばにいる、ためしたり遠ざけたりしないで

わたしが居たいだけだから

輝けるよ

否定したりしない

こわがらないで、全部だいじょうぶ。

 

英語の歌詞はわたしには深く読み取るのが難しくて、どんな思いを伝えてくれているのかわからないけど、

たぶん受け取っていると思う。

誰かが誰かを救うのじゃない、もっと深いところにある強さ。

自分のなかにある愛を信じてくれて、立ち上がるのを見守ってくれる人がいる。

今までいっぱい傷ついて、助けてほしいと願ったこともあったけれど本当は助けてもらいたいんじゃない。

本当は、自分が自分を信じてあげたかった。

あなたなら出来るよ、と安心させて

どんな自分も受け入れて

転んでも立ち上がる。

ありのままの自分を生きる。

自分自身を信じたら、素直な自分で生きていける。


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