一行の詩

直観のままに、わくわくして生きていく

未来に連れていってあげるからね

『葬送のフリーレン』を子どもが見ていて、途中から追いかけて見ています。なかなか追いつけない。。

題名は、フリーレンがフォル爺に言ったセリフの一部。

「フォル爺の記憶も私が未来に連れていってあげるからね」

そんな詳しく見ていないけどズドーンと入ってきました。フリーレンは長生きの種族なのでそう言うのが構図としてとてもわかりやすいのですが、自分の子どもや、今生まれてきている子どもたちがわたしにとってフリーレンのように感じました。

 

自分の生きた証ともいえる記憶が、途切れず未来へつながっていくということに自分も大きな自然の一部なんだという情動を感じて。

 

情動を感じる、情緒を感じる、どういえば一番言い表せているかなと考えていて、情動を感じる、というと人によって印象が限定されるのかもしれないと思ったとき、エモいってとてもエモい気持ちを表すのにドンピシャな言葉だなーと思いました。

わたしにとってのエモいは全わたしが揺さぶられる感覚というのが近い、かな?

 

ドンピシャっていうのも、「的確だ。」と言うよりドンピシャのほうがやっぱりドンピシャだし。ぴったりくるでもいいかもしれない。

 

未来では色んな謎が解明されているのかな、車も空を飛んでいるかな、そんな話を子どもとしていて、わたしも未来へ連れていってねとお願いしました。

未来を生きていく子どもの記憶に私がいるということは、子どもがわたしを未来へ連れて行くとも言えるわけで。

わくわくすることは尽きません。