一行の詩

直観のままに、わくわくして生きていく

11月6日(水)捨て台詞と「てるやまもみじ」

次男のランドセルにお友達のノートが入っていた。間違って持って帰ってしまったらしい。

お友達のお母さんに連絡して次の日に持って行かせることになった。

学校行くのいやがっていたが、明日はノート持っていかないとお友達困るよ!と言って行くモードに持っていく計画。

吉とでるか凶とでるか。

今回はとにかくお友達が困るで押してみる。

これまでは逃げ道を残しながらの対応だった。

ノートを学校で渡せなくてもわたしが家に届ければお友達を困らせることはない。

でもぜったい次男の手で渡してもらう、と心に決めて事にあたった。

結果としては学校へ行って無事渡すことが出来た。

家をでる瞬間の「明日やすむからな!!」という捨て台詞とともに。

 

 

 

何日か前に、子どもが『もみじ』を歌っていたので一緒に歌っていたら、輪唱するからと言われてつられないように集中して歌った。

途中から子どもが歌わなくなったのに気づいたが、集中していたので最後まで歌いきる。

最後子どもが拍手してくれた。

本人は歌詞を忘れて途中離脱したらしい。

何十年ぶりに歌った『もみじ』、1番のみだけど覚えていたことにびっくりした。

三つ子の魂百まで?

この日、子どもの帰宅後にふいに歌い出してみたら乗ってくれてしっかりアルトのパート?を歌いきり、思いがけず綺麗な二部合唱になり興奮した。

昔から合唱って感動して泣きそうになる。

 

秋の夕日に照る山紅葉

濃いも薄いも数ある中に

松をいろどる楓や蔦は

山のふもとの裾模様

 

※てるやまもみじ、照る+山紅葉 と書いてある記事を見つけ気になっている。。

 

11月5日(火)Exodus'24

3週間空いてのカウンセリング。

いつもは、こんなことがあってそのときどう思っていて自分としてはこういう理由でどうだった、みたいなことを話していたけど、昨日は日常で起きた色んなことを話すのが面倒な気分だった。

 

これまでのカウンセリングでは、課題みたいなものを自分の中に見つけようとしてきた。

そういう取り組み方(何か自分に問題があってそれを解決していく)が当たり前だと思っていたけど、

先生はいつもそんなわたしの姿勢自体というか前提に問いを立てるように質問していた気がする。

それって本当にそうですか?といってるみたいな。

それは先生が意図していたわけではないかもしれないが、わたしが捉えた、わたし自身との対話として浮かび上がって来たものなんだろう。

 

文字化する気力がなくて細かく書けないけど。

自分の感情が教えてくれることが自分にとって一番大事なことだと思うようになった。

ダメ出ししてくる自分に「なんでダメなの?」と食いぎみで言ってやる。

11月2日(土)夢心地とお札チョコ

寝る前、明日は午前中の予定がなくてさんざん遅寝が出来るぞ、と思って寝た。

夢をたくさん見てあまりすっきりした寝起きではない。

よく寝たなぁと、のびをぐーんとしたときや、お風呂につかってじーんと温まったときの幸福感を期待していたがそうでもなかった。

夢心地、という感覚がすごく好き。

 

午後から次男のお友達が遊びに来る約束をしていたが大雨なので時間をずらすかどうかお友達のお母さんに相談する。

近所なので変更なしで歩いて来てくれた。家に到着したあとすぐに雨が大粒になったのでみんなでタイミングのよさを喜んだ。

子どもらがひたすらゲームしている間わたしはひたすら帽子を編む。

おやつとして最近ハマっているお札チョコを渡す。

クランチチョコなのだが紙幣のおもちゃが付いてきて、新紙幣になってからやたら津田梅子の5000円札が集まっている。

今まで出た中で一圓札が一番レア感があって、失われたお札を求めてついつい買ってしまう。

10月31日(木)、11月1日(金)

10月31日(木)

長男のおなかの具合が悪く学校休み。起立性調節障害について聞きたかったので小児科を受診する。

下痢は治まっていたけど体調が悪いと検査できないということでこの日は検査せず。

聞き取りされているのを鑑みて、うちの子どもはそこまで症状がひどいわけでもなさそうだった。

早めに起きるようにして生活を整えてみることからだなと思った。

 

11月1日(金)

スーパーにお米を買いに行く。混んでいるかなと思っていたらそれほどでもなくスムーズに買えて気持ちいい。

帰り道の稲刈り後の稲が青々しくてよく見たら少しお米が実っている。

ねぎをもう一度植えて生やす節約法を思い出した。

自分の中にもまだ生命力があるかも。

 

10月30日(水)口実と流転

次男、音楽の発表がいやで学校をお休み。長男もついでにお休み。

どうやら長男は次男が休んだら自分も休めるチャンスと思うらしい。

どういうチャンスなのか??

休める口実(次男が休むなら自分も休んでもいいはず)ということなのかな。

気持ちはわかるもののなんか納得いかないが、こうなると押しても引いても行かないのは経験済み。

この日は旗当番で子どもを見送ることが出来ないし自治会の会計のことで人が来るから学校休まないで、と伝えていた。

学校に行けというのは子どものためではなく親の都合なのだ、という変化球でお尻を叩いてみたが今回は通じなかった。

その日その状況で自分がこうしたほうがいいと思う対応をすることに迷いが少なくなった気がする。

 

自治会の役員さんは次男の同級生のお母さんなので、子ども休んでるーというのも気楽に言える。

兄弟を2階に軟禁して会計のやりとり、そのあとお茶しながら色々おしゃべり。

学校に行きたくないだったり色んなことがあるものの、今この瞬間が嬉しくても辛くても、ずっとは続かない。

ずっとは続かないというのは優しい法則だと思う。

10月29日(火)「朝起きられない」とシンクロニシティ

PTAで一緒に委員をした人たちと1年ぶりにランチをしてたくさん話して、いい時間を過ごせた。

6年生の子どもが朝起きられない話をしていたら、その人の高校生になるお子さんも朝起きられなくて学校をよく休んでいたと話してくれた。

起立性調節障害というのだったそうで、病院へ行ってお薬をもらってよくなったと。

 

そういう可能性が全然浮かんで来てなかったので、もしかしてそれなのかも?と、一筋の光に見えた。

子どもが病院に行くかどうか、実際診断されるかはわからないけど、「子ども自身にはどうにも出来ない状態でなんとかがんばろうとしてるのかもしれない」と思うことでわたし自身の不安とか焦りみたいなものが収まった気がする。

事実であるかどうかがあまり重要でないことが心の動きという面ではよくある。

 

 

 

大人のシール図鑑にお茶とコーヒー編があって、それも小さなカードにしておみくじ的な引き方をしている。

 

 

 

最近ずっとマサラチャイを引いていて、飲んだ方がいいのかなぁーくらいの感じで飲むようにしている。美味しいし。

先日、京都駅のドンキホーテで夕子(生八つ橋であんこを包んだお菓子)が売っていたのを何の気なしに買っていたことを思い出し、シナモンつながりに急に気がついた。

今マサラチャイが自分に必要な何かなのか??と思っていたところにニッキの和菓子を見てシナモンが必要なんだな~と思う。

そして今度引いたのはウィンナコーヒー。

ウインナコーヒーは何のメッセージ??と思って検索してみたら画像のウインナコーヒーにはシナモンスティックが添えられていた。

お店で飲んだことが無いから知らないけれど、日本のウインナコーヒーにはシナモンがついていることがあるらしい。

この世界ってほんと不思議でおもしろい。

 

 

10月28日(月)保健委員と編み物

自治会の保健委員のお仕事で集団健診のお手伝いに行った。

パンフレットを渡すだけだと思っていたがエレベーターの案内をお願いされた。

ボタンを押しておいたり、ドアが2つあるタイプのエレベーターなので「反対側のドアが開きますよ」などと一声かけたり。

最初は職員さんがやってくれていたが質問など忙しくなって途中からは一人で任され(?)た。

前々職が受付業務だったので昔とった杵柄的な気分で楽しくお手伝いを全うする。

一期一会の会話が意外と好きな自分にも改めて気づいた。

あとお手伝いという責任の軽さも重要だった。

無責任にその場にいるわけではないが、決定権などがないという立場は気分が軽い。

軽さがあるから楽しむ余裕が生まれている。

 

 

そろそろ編み物をしたくなってきて、放置中だった靴下を編み上げられた。

オパール毛糸。左右の柄を合わせないスタイル。

 

棒針でずっと編んでいるがほんとは輪針で編んでみたい。

けっこうお高いので試しにSeriaで見つけた輪針を買ってみた。

輪針を使ったことがないわたしでも、これは使いにくかった。。

コードが太すぎる?のか、しなやかさが無いからなのか、目が流れていかないので一目編むごとに手動で流さないといけない。

残念ながら編み途中のものを休ませることしか出来なさそう。

逆にその用途で販売されている。。のか?