一行の詩

直観のままに、わくわくして生きていく

ふきのとう

友だちの子どもが哲学を学びたいって言ってるって聞いてすごく嬉しかった。

なんでかなって思ったら、自分と似てる植物の芽が出たのを見たときみたいな感じがしたんだ。

あ、仲間が育ってるって。

 

哲学って、人間は何のために生きてるのかを問うことだ。

最近よく、なんで人間だけ何かのために生きようとするんだろうって思ってた。

植物も動物も生きるために生きているのに

なんで人間は生きてるだけだとダメみたいに感じてしまうんだろうって。

考えてみると、良いとかダメとか生きてて嬉しいとか生きてて悲しいとか思うのは生命を維持してるだけじゃなくて意識が進化しようとしてるからだ。

人間は意識を持っているから自分がどう生きれば意味を感じられるのか考える。

 

人間は生きるために生きている部分と

何かのために生きている部分、両方から出来ている。

何のために生きているのかと問う部分を持ちながら、一生懸命に生きる。

生きるためだけに生きている部分だけでは感じられないことを感じるために

わたしは生きているような気がする。

 

毎日のご飯を

生命を維持するために体に取り入れる部分と

食べることにまつわる営み、例えばどこで誰が作ってくれてどんなふうに運ばれてきた食材なのかを想像する、五感を通して体中で食べものを味わう、誰かと一緒に味わう、そんな心身を養うための部分

その両方があること

それがわたしが生きてる意味のひとつなのかも。