一行の詩

直観のままに、わくわくして生きていく

わたしの中の猫と犬

特急電車で向かい合ったご婦人に

子どもが付けているマスクの柄について話しかけられた。

電車が好きな子なので

新幹線の柄のマスクをしていたのだが

わたしの手作りゆえか

長い新幹線の真ん中あたりのみが全面に出ていて

一見ランダムなストライプに見えなくもない。

 

ご婦人はといえば、

マスクに可愛い桜の花のチャームを付けておられ

しばし会話が続いた。

降りる段になり

わたしはとても名残惜しくなった。

こんな優しいひとときを下さったことに感謝する気持ちが

そんな気持ちにさせるのか

それとも別の思いがあるのか。

 

こういうとき、わたしの中のわんこの部分が

遊んで遊んで!

と、じゃれついていくイメージがわく。

 

一方、いつでもわんこかというと、

基本的に一人の時間が好きだし

マイペースで行きたいし

人に合わせるのが苦手。

わたしの中のにゃんこの部分が

踏み込んだり踏み込まれたりすることに

拒否感を持っていて

わんこの手綱を引いたり弛めたりしている。

 

最近、社会的なペルソナだと思っていた部分が

自分の一部分を増幅させたものだったのかもと

思うようになってきた。

 

まるごと本音のわたしでいることと

場面に合わせたわたしでいること。

両方をいいバランスで活かせるといいな。