一行の詩

直観のままに、わくわくして生きていく

宇多田ヒカルの「光」のMVがすごく好きで、最近ずっとリピートしている。曲も好きだし、歌いながら皿を洗ってるのがすごく好き。

 

家事するのがあまり好きではないので出来るだけ効率化したいのだけど、食器洗いの手間を減らすために食洗機を使えばすべてが解決するというわけでもない。油がいっぱいついた食器をそのまま入れるとコップがくもったりして結局色んなお膳立てが必要だったりするし、まとてめて洗うために溜めておくのも気になるし、結局うちの生活スタイルの場合は手洗いすることが多くなる。

 

そもそもなんで家事(皿洗いとか洗濯物とか)がいやなのかと自分に問えば、自分がわくわくすること(本を読んだり音楽聴いたり宇宙の動画見たり編み物したり)に使えるはずの時間を使って、わくわくしないことをしなければならないから。

 

思えばそういうやりたくないことをするとき、いつも空想の世界へお出かけしてたな、と思い出した。そのとき読んでいる本の好きな箇所を想像したり。

 

今はふわふわと鼻唄うたいながら食器を洗う。ふわふわ軽い気持ちの時って、蛇口から水が出るのも、手が食器を持って自由に動くのも、当たり前じゃないことを思い出せる。

 

感謝って人から教えられるものじゃなく押し付けられるものでもなく、自分の心にちゃんとあって、自分が自分を大事にしているとき自然と出てくるものなのかも。